弥生時代の墓

方形周溝墓は、関東地方では弥生時代中期から築かれるようになった墓の一種で、四角く溝を掘った内部に主体部となる掘り込みを造り、これらの全体を埋葬施設としたものです。溝の内側は僅かに土を盛り上げていたものと想定され、周溝の四隅が切れるもの、一部の角が切れるもの、全周するものなど時期や地域により形態が変化することも特徴の一つです。写真は平塚市の原口遺跡で発見された弥生時代後期の方形周溝墓で、溝の中から壺形土器が数点出土しています。

写真1 方形周溝墓
平塚市 原口遺跡 方形周溝墓

 弥生時代中期~古墳時代初頭まで築かれる方形周溝墓は、台地・丘陵上の平坦部などに、周溝墓同士が隣接して群れをなすように作られることが特徴の一つです。中には写真のように、隣り合った周溝墓が接する部分の周溝を共有するように築かれている例もみられます。こうした方形周溝墓群は竪穴住居址などが見つかる集落の範囲とは離れた場所で確認されることが多く、当時の社会では、住まいを建てる場所と墓を作る場所とは明瞭に区別されていたものと考えられています。

写真2 群集する方形周溝墓
平塚市 原口遺跡 群集する方形周溝墓

 弥生時代の墓制のうち、土器を棺として用い、掘りくぼめた穴の中に遺体を納めたものを土器棺墓と呼んでいます。関東地方では比較的事例が少なく、用いた土器の大きさから、遺体の一部を納めたのではないかと考えられています。写真は横浜市港北区の新羽浅間神社遺跡で検出されたもので、人骨等は確認されていませんが、遺構の形態や土器の出土状況などから土器棺墓と推定されています。土器は弥生時代前期~中期のものが出土しています。

写真3 土器棺墓
横浜市 新羽浅間神社遺跡 土器棺墓

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